The Red Creation Blog

業務ハッカーです。 富山県の田舎の方でリモートワークしてます。 プログラミングとPerfumeと動画制作が大好きです。

「伝統の価値」とは何だろうか?

今日は地元の春祭りでした。獅子舞の笛を吹きました。心配だった天気も思ったほど悪くなく、良い祭りで楽しかった〜。

引っ越し後の生活がまだまだ落ち着かず、公民館の練習にはほとんど参加できず迷惑かけました。。。踊り子の練習はWeb会議での「リモート練習」に挑戦してみたり、出来る限り工夫して頑張ったけど、やっぱ準備に関わる時間は短すぎたなーと反省。来年はもっとしっかり練習参加します!

祭りの最中に何となく考えてたのが、「伝統」というものの価値について。僕の今までの持論として、祭りに限らず「ただ昔から続いてるから」ってだけの理由なら、伝統を続ける意味は無いと思っていたんです。何かしら「やる意味」があっての伝統だろうと。

獅子舞のことを考えてみると、発祥の地だったり、獅子舞が表現するものの意味だったり、その昔に始まった当初は「何のためにやるか」ってのはハッキリしていた気がするんですよ。でも2018年現在、そういう「本来の獅子舞の意味」みたいものは、やってる本人達もあまり意識しなくなっている気がするのです。

少し前までは「それは良くないなー」と思って、もっと原点に立ち返って「この獅子はこういう意味があるから、こういうスタンスで舞わす」みたいのを考え直す必要があるんじゃないか?と実は思ってました。

でも最近の色んな心境の変化と今日の祭りを経て思ったのは、「最初にどんな理由で始まったかよりも、今どんな想いでやってるかの方が大事」なんじゃないかということ。そして今やってる僕の想いとしては「ただ楽しい」ってことと、「代々受け継がれて来た伝統を残したい」ってことの2点が強いかな。

「代々受け継がれて来た伝統」って言っても、ぶっちゃけ全国的に見れば大したもんではないんですよ。数ある田舎の祭りの一つなのです。でも、やってる本人としては「これが俺たちの祭りだ!」って誇りを持ってるし、その伝統の獅子舞が大好きなのです。

仮に「どこがどう好きなんですか?」と聞かれても、おそらく論理的には説明できない。子供の頃から刷り込まれてるから、むしろ「なんで好きな理由を考えなくてはいけないの?」って質問を質問で返したくなりますよね。ジョジョの吉良吉影に叱られますね。

ということで長くなっちゃったけど、「伝統」の価値って合理的に説明できるとは限らなくて、「それが伝統であることそのものが価値」って考えた方がいいのかも知れない。

「代々受け継がれてて、自分も昔から携わってきて、とにかく何となく好き。今後も続いてほしい」って、それだけで十分な価値じゃないだろうか。こんな時代だからこそ、そういう非合理的な感情論をもっと尊重して良いのではないか。

やりたくない人間に押し付けることだけはダメだと思うけど、でも「地域の伝統を残したい」って想いの人間が一定数残っている限りは、それ以上「伝統の意味」「伝統を残す価値」なんて考えずに、ただ「伝統を残すためにどうしていくか?」だけをひたむきに考えていけば、それでいいのだと思う。

そんなことを思いながら笛吹いて酒飲んでた1日でした。来年はもっと本気出すぞ!!!

地域活性化について俺的な現時点での見解

自分の住む地域が活性化すれば良いと思うのは当たり前だけど、現時点で何かしらの「地域活性化活動」を始めようとは思ってません。あくまで俺個人としてですが、まだ早いと思っています。

まずは自分1人が個人として、しっかりと地元に住みながら安定して生活していける基盤を作ることが先だと思っています。「在村プログラマー」としてスタートラインには立てたけど、まだまだ道半ばだと思ってるので。

「地域活性化」は「その地域みんなが幸せになりましょう」ってことだと思いますが、自分とその家族がまず十分幸せになるのが先で、そんな「幸せな自分」をモデルケースに、地域全体に幸せを広げて行くのが王道じゃないかと思うのです。

地域のために「滅私奉公」するのは絶対に長続きしない。あと自分が幸せになるための手段として地域活性化を始めようとしても、個人と地域の利害が対立する部分は必ずあるので、同時に幸せになろうとするのはハードルが高すぎると思うのです。そんな甘いもんじゃないと思うのです。

少なくとも「自分と家族を幸せにできる」だけの力がない者には、地域全体を活性化させる力などあるわけない!と思いますね。偉そうに社会問題を語る前に、まずは自分1人くらい幸せにしてみせろ!と自戒を込めて。

「秀才の運動オンチ・学級委員・オタク」な自分で良かったんだ!

小さい頃、運動が苦手で勉強は得意だった。

しょっちゅうクラスの代表的な役に選ばれて、大体の場で「リーダー的存在」になる事が多かった。

誰とでもうまくやれる性分だったけど、親友って感じの友達は少なく、放課後や休日は、どちらかといえばワイワイみんなで遊ぶよりも、家の中で一人好きなことに没頭する方だった。

言葉にすると「秀才の運動オンチ・学級委員・オタク」というステレオタイプな言葉が当てはまり、何となくそれを自分で認めたくなくて、好きなことも極め切れずに少しブレーキをかけていたような気もする。友達のミーハーな話題に付いて行きたくて必死で流行りのテレビ見たりとか。

特に「勉強ができる」ってのは、最初自分では「俺がちゃんと勉強してるからだ」と思ってたけど、今から振り返ると、不思議なくらい足の速い奴がいたように、自分は人よりも「勉強ができる才能があった」のかな、と素直に認められるようになった。

「勉強できる才能」って、下手に自分で口にするとすげー嫌味に聞こえるのもあって、自分では特に認めづらかったのかも。勇気を出して今日は言ってしまう(笑)

人にはそれぞれ、得意不得意・向き不向きがある。もちろん才能がない分野でも、努力すればある程度までは上がる。でもある程度以上は無理。才能がない分野では一流にはなれない。残酷だけどそれが現実。

去年の秋に前職を辞めて、しばらく無職でひたすら毎日勉強して、でも勉強ばかりの毎日も意外と楽しくて、今こうして最高の環境で働けるようになって、やっと「自分はこれで良かったんだ」と自信がついてきた。

今は、「とにかく得意分野を伸ばし続けよう」と開き直っています。周りから何と言われようと、自分が好きで得意な事はとことん極めて、苦手な事は可能なかぎりスルーできるようにしていきたい。何でも際限なく頑張るよりも、絶対にそっちの方が幸せだと思うから。

「プログラマーがスーツを着る会社」について考えたこと

最近「肩こり・腰痛」がほとんど無くなりました。在宅ワークなので、机・椅子・キーボードなどは拘って快適なもの揃えましたが、「仕事でスーツを着なくなった」のもかなり大きいんじゃないかと思います。

スーツで仕事してた時はそれが当たり前だったし「スーツを着ると仕事モードのスイッチが入る」とも思ってたけど、先日久しぶりに結婚式でスーツ着たら「こんなん毎日着てられっかー(#゚Д゚)」と思ってしまいました。服で仕事モードを切り替えたいなら、動きやすい自分なりの「仕事着」を決めちゃえばいいんだよね。

とはいえ、プログラマーでも客先に打ち合わせに行くことも多いわけで、「スーツを着ないなんて失礼だ!」と考える取引先が多いなら今はスーツ着るしかないんだろうなぁとも思います。スーツ出社のIT企業を責める記事をよく目にしますが、IT企業だけに変われと言っても無理で、顧客やそのまた顧客を含めた全体的な「文化」が変わらないと難しいのですよね。

服装に限らず、環境が心地よくないと思った時に「今の場所を心地よい環境に変えるべく頑張る」のか「一度飛び出して、他に心地よい場所を求める」のか二通りあると思います。僕は後者を選びました。一般的に後者を選ぶ人がかなり多いんじゃないかな。

心地よくないと思った人が次々と飛び出して、各人なりの心地よい場所を見つけて、だんだんその輪が大きくなって世の中の主流になっていく、と言う流れが歴史上くり返されて来たんじゃないかなーとも思いますね。例によって最初の話題からだいぶ飛躍してしもた。

演劇の経験から得た一番のもの

半年間の無職期間を経て、ようやく先月下旬に社会復帰しました!今は在宅プログラマーとして、富山・東京間でリモートワークしております。いや〜、毎日コードが書けること、良いコードを書けるプログラマーがリスペクトされる環境であること、最高に楽しいっす!!!どこの会社かはまだナイショです(笑) もう少し落ち着いたら発表しますね〜。

はや一ヶ月近く経ちまして、自分で作ったプロトタイプを早速お客さんにデモする機会もありました。(お客さんともリモート会議です)けっこう「ハキハキしてますね」とか「最初なのにスムーズですね」とか言われることが多くて、そんな時には「元演劇部なので!」と返すのが定番なんですが、高校・大学と7年間やってた演劇の経験から得たものは大きかったなーと改めて思う毎日です。

ブログ見返したら、演劇に関するエントリは前に3本も書いてたんですね。

この機会にまた演劇について語ってみたくなったので、ちょっとブログで語ってみようかと思います。(あくまでもプロでない「元アマチュア役者」の拙い話です)

役者というと「人前で堂々と話せる」みたいなイメージはすぐ湧くと思うんですが、僕が演劇の経験から得た一番のものはそこだとは思ってません。もっと広い意味での「会話力」ではないかと思ってます。

芝居の本質って「セリフを言うこと」なんかじゃなくて「会話」だと思うんですよ。映画・TV・ラジオ・舞台と色々ありますが、普通の芝居は人と人が「会話する」ことで進んでいきます。役者同士が会話をして、その会話を聴いて客が楽しむ。これが小説との大きな違いじゃないかと思ってます。

そして芝居として「リアルな会話」をするのはけっこう難しい。特に舞台演劇って同じシーンを何度も稽古するし、本番の公演も何日も続いたりするので、気づいたら相手のセリフも全部覚えちゃって「お互い次に何をするか全て分かってる」状況になるんですよ。稽古をすればするほど新鮮味が薄れてリアルな会話が難しくなっていく。だからこそ「いかに相手の話をよく聴いて会話をするか」という訓練が芝居では大切だと思うわけです。高校の時も大学の時も、先生には「ちゃんと会話をしなさい!」と口すっぱく言われたものです。

舞台上で「リアルな会話」が交わされている時は、4DX映画なんかより生の舞台の方が何倍も臨場感あって面白いですよね!だって目の前に実際に人がいて会話してるんだもん。そして僕が一番好きな演目はアドリブ芝居「青木さん家の奥さん」なんですけど、全編アドリブなんて正に「会話」そのものです。

セリフを言うのが下手よりは上手い方がいいけど、自分がセリフを上手く言えるだけでは決して良い舞台はできません。役者同士の「会話」によって「舞台上の空気を読みながら客席の空気を作る」ということ。これは人の話を聴く理解力とか、仕事上のスムーズな役割分担とか、上司への根回しとか(笑)、社会生活上でも様々な部分で活きてくる能力だと思います。

一流の指導者にも恵まれて、その「会話力」を学生時代に思う存分訓練できたことが、プログラマーとしての仕事でも色々な場面で役に立っていると思うわけであります。

だからと言って「全員演劇やれよ!」って言ってるわけじゃないですけどね。野球部でも吹奏楽部でも将棋部でも化学部でも、何かしらそれぞれの領域で普遍的なものはありそうです。僕はたまたま演劇をする縁があって、そこから得られるだけのものをMAX得られて幸運だったなぁと、そんな話。ちなみに嫁さんも高校の演劇部の後輩だったりしますw

ではまた〜。

ブログを独自ドメインに移行しました!

念願だった独自ドメインにやっと移行できました。

色々とお騒がせなFC2でブログ書くのはやめたいとずっと思ってたんですが、次に移行するタイミングで絶対に独自ドメインにしたいと思ってたんですよ。ドメインだけは数年前に取得して放置してたんですけどねw どうしても「the-red」が良くて、「.jp」は高いけど空いてたので、他に奪われる前に急いで契約だけしちゃってたのです。実際に「the-red.jp」ドメインをゲットしてみると「日本人だなぁ」と実感できて嬉しかったです(笑)

んでブログサービスは何にしようかと考えたところ、最初はスタードメインで無料で使えるWordPressにしようと思ったんだけど、でも色々と自分で設定すること多いし面倒臭いな〜と思ってて、次は「はてなブログ」で独自ドメイン使おうと思ったけど料金かかるよなーと躊躇してて、ズルズル今までFC2のまま来てしまいました。

今日は少し時間ができたので改めて最新情報を探してみたところ、なんと「livedoorブログ」は無料で独自ドメインできるじゃないですか!しかもしかも、FC2ブログから記事をインポートできる機能まで付いていて、超ラクに移行できてしまいました。ホリエモンありがとう!(違

はてなブログと比較して、料金以外にlivedoorブログの方が良いなーと思ったのは、各記事のURLなんですよ。はてなは「記事タイトルがそのままURL」とか「日時のスラッシュ区切りURL」が主流みたいなんだけど、俺的には記事番号(id)だけを持たせるのがCool URIだと思うんですよねー。日付をURLに入れる意味が分からんし、記事タイトルは公開後に変更することがよくあるし。SEO的には記事タイトルをURLに〜とかよく聞くけど、ブログのURLをコピペするときに日本語が混ざるとリンクがうまく認識されんかったり色々面倒なことも多いからね。livedoorはデフォルトで「記事ID」がURLになっているので、そのセンスに共感した次第であります。FC2からコピーしてきた記事は41件あったんだけど、ページリダイレクトの都合で古いエントリのIDは元のままにしたかったので、手打ちで1〜41に直しました。これだけは面倒臭かった。。。

現在までのワタクシのブログ遍歴はコチラ。
・2011年8月: Amebaブログを開設
・2012年1月: FC2ブログに移行
・2017年2月: livedoorブログ&独自ドメインに移行

この先livedoorから移行することがあっても、URLは変わらないと思います!
ブログが有名になる前に独自ドメインにできてよかったw

じっくり丁寧にいい仕事する「プログラマー」でありたい

ふと思い返していたんですが、子供の頃から「取扱説明書」的なものを熟読するの好きだったんですよね。

ビデオデッキとかの家電系はもちろん、ファミコンのカセット新しいの買ったときとかも、まず説明書を隅々まで読み込んでからゲーム始める少年でした(笑)

その性格は今でも根底にあって、何か新しいことを始めようとすると、けっこうな時間かけて「その分野の基礎知識、常識、歴史」などを深く調べがちで、実際に行動するスピードが遅かったりするんですよ。

仕事では損することも多かったんだけど、逆に世の中には「マニュアルなんか全く読む気がしない」ってタイプの人もいるわけで、そういう人はスピード速いけどテキトーだったりするので、自分としてはやっぱり「じっくり丁寧にいい仕事する」ってのを強みにして行きたいなーと今は思ってます。

実は10月に会社を辞めました。2007年から9年在籍して、最初6年は大手に常駐、最後3年が本社勤務でした。

常駐時代は仕事の幅も自分の裁量も狭くて、仕事としては正直「退屈だなー」と思ってました。だから本社に戻った当初は楽しくて仕方なかったんだけど、忙しすぎて自分本来の「じっくり丁寧に」というスタイルでやってる暇が全然なく、次から次へと来る仕事の中でダッシュし続けてた感じがします。かなり濃密な3年間で相当スキルアップできたけど、元来のんびり屋さんの俺がダッシュし続けるのは流石に限界が近づいていたので、心身に支障を来す前に辞めちゃいました!

今振り返ってみると、大手に常駐してた頃の仕事内容の方が、むしろ自分の性格には合っていたような気もします。とことん丁寧に進めるタイプの業務だったし、日々の単調な仕事の中で「いかに自動化してラクできるか」とかいつも考えてたので、意外と「プログラマーっぽい思考」をする機会も多かったですし。

僕は「プログラマー」でありたいと強く思っています。「プログラマー」という言葉の使い方は会社によって千差万別で、「単純作業するだけの工員」を指すことも多いのが残念ですが、良いIT企業なら必ず「プログラマー」をリスペクトしているものです。

もともとプログラミングが大好きでIT業界を目指したのに、気がつけば社会人になってからの9年間、本業ではほとんどコードを書いていませんでした。でも「職業は?」と聞かれたら「プログラマーです」と毎回答えるようにしていました。それは「プログラマーでありたい」という希望も込めて。

というわけで今ワタクシ、無職です!有休消化も含めると9月1日から仕事してません!次に入る会社では「プログラマー」としてとことんバリバリやって行きたいと思っているので、そのレベルの技術をつけるべく1人で勉強してます。

そしてもうしばらく勉強に集中させてもらうため、家族で実家に戻り親世帯と同居することにも決まりました。この先高く跳ぶために、一旦スネかじらせて頂きます!家族に恵まれてることが本当に何よりの幸せです(´;ω;`)

そんな中で最近は色々人生を振り返ることが多く、「取扱説明書」好きで「じっくり丁寧にやりたい」自分の性格を再確認してたのでした。もちろん全てにおいてじっくり進めてたらダメなことは分かってますけどね。でも「じっくりやりたい性分だ」という事実は、欠点というよりは強みとして、今後の色々な場面で大切にしていきたいと思ってます。

えらい長々と書いてしまいました。年末ですねぇ。読んでくださった皆さん、ありがとうございましたm(_ _)m

「炎上」と「LINEいじめ」から考える将来のネット社会の楽観的予想

ネットでの炎上がたびたび話題になりますが、社会生活を普通に送ってるいい大人が、何でネット上では相手の気持ちも考えずに散々暴言吐けるんだろうと不思議な思いをしてました。

一方で、最近は小中学生もスマホを使ってLINEでコミュニケーションするのが当たり前になって、LINEでのいじめは大人が気付きにくくて深刻化しやすいとかも言われてます。

子供ってある意味で超残酷な生き物で、いたずら、ケンカ、いじめなどなど酷いことを平気でやらかしますよね。でも傷ついたり叱られたり反省したりを繰り返して、少しずつ分別がつく大人になっていくもんだと思うんですよね。

んで思ったのが、現代の大人が子供だった頃はネットなんてなかったか、あっても現実世界とは全く別の閉じた世界だったわけです。だからリアルとネットがここまで密接に繋がってる世の中での経験が浅いために、ネットの向こう側にリアルな人間がいることを実感し切れない大人が多いのかなーと。

その点今の若い子たちは、思春期には既にネットとリアルの境目がない生活をしてるわけですよね。LINEいじめは辛いけど、子供時代に散々ネット上で揉まれた世代が大人になれば、みんながリアルと同じようにネット上でもお互いを思いやれるような、一歩成熟したネット社会が来るような気もします。

「じいちゃん、ネット上では匿名だから大丈夫とか古いよー。気ぃつけられ〜」みたいに将来自分の孫に叱られたりして。。。てゆーか、僕の孫世代にもなると「インターネット」とは全く別の概念で通信してるかもですね。テレパシーとか暗黒物質でチャンネリング的な。。。

どーしても最後は飛躍した未来予想になってしまいます(`・∀・´)

ロボットは人類を滅ぼさない。人類の子孫がロボットだ!〜石黒浩さんの講演で考えた人類の未来〜

今日は「富山ITフェア2015」に出展企業として参加してきました。小さな展示会なんですが、なんと基調講演には、あの「マツコロイド」を開発した石黒浩教授を招いたのです!聴講前からかなり楽しみだったのですが、予想以上に面白かった!まだ気持ちが熱いうちに、感想文としてブログにまとめたいと思います(笑)

印象深かった話を箇条書きでまとめると、こんな感じ。

・「ロボットっぽいロボット」を作るエンジニアには、人間が嫌いor苦手な人が多い。
・自分は逆で人間に対する興味が深く、人間を深く知るために人そっくりなアンドロイドを研究している。
・子供の頃「ほかの人の気持ちを考えなさい」と大人に言われた時、「人」「気持ち」「考える」とはそもそも何なのかと疑問だった。大人は「人」「気持ち」「考える」とは何かを完璧に分かって子供に指導してるんだと超尊敬したが、高校くらいで「大人は何も分かってないくせに分かったふりをしている」と気付いた。
・マツコロイドを気持ち悪いという人が多いが、炊飯ジャーみたいな家電が「あと5分です」とか喋ってくる家の中だって気持ち悪いし、電車に乗っている全員が小さな板に指をこすり付けている(スマホ操作)状況なんか宗教儀式にしか見えない。それに比べたら人そっくりなアンドロイドと会話する方がよっぽど人間として自然な生活。
・人間とコミュニケーションできて人間そっくりな仕草をするアンドロイドを作るためには、ロボット工学・脳科学・心理学・認知工学・哲学などあらゆるジャンルの知識が必要で、アンドロイドの研究結果から各分野に知識をフィードバックもできる。その繰り返しで研究のサイクルが回る。
・マツコロイドは今では色んなTV番組に引っ張りだこ。出演料は、本物のマツコ・デラックスのギャラと同額!

他にも、平田オリザ氏のアンドロイド演劇「さようなら」の話や、抱き枕型通信メディア「ハグビー」によるコミュニケーションの話など、演劇部出身プログラマーの俺的には相当楽しい話が満載でした。なんかアンドロイド作りたくなってしまう(笑)

一番印象に残ったのは、最後の質疑応答の時間。「人工知能が人間の知能を超えて、ロボットが人を滅ぼすのではないかと危惧する科学者も出てきましたが、その点はどうお考えですか?」って質問に対する石黒先生の回答でした。

・ホーキングが言ってた奴ですよね?(大御所物理学者を割とバカにした感じw)
・まず人工知能が人間の知能を完全に超える時代は、早くて300年後、遅くて1000年後くらいになるので、我々が生きている間には絶対そこまで行かないから安心してください。
・いずれはそんな時代が来ます。でも勘違いしちゃいけないのは、「体のパーツは機械だけど、心は人間と同じ」というロボットは恐ろしいものではない。義足を付けた人のことを「人間らしくない」とは思わないように、将来は心を持ったロボットが普通に「人間」として生活するようになるでしょう。人工知能が人類を攻撃して滅ぼすというのは、ハリウッド映画の見過ぎです(笑)

確かに考えてみると、人類が「人類を滅ぼせ!」とロボットにプログラムするわけがないですよね。ロボットが今後意思を持つとすれば、石黒先生がやっているような「人間と楽しく生活するロボット」として進化していくのが自然でしょう。ターミネーターの世界では人工知能が人類に戦争を仕掛けますが、戦争を仕掛けるには「人類に恨みがある」「人類が滅亡した方がメリットがある」など理由が必要です。人類とロボットが仲良く共存するために進化して人類の知能を超えたとすれば、人工知能は人類を攻撃するどころか、人類より優しい心を持つんじゃないかとすら思えてきました。少なくとも今日の講演を聞いて、「人工知能が意思を持つ」=「軍事兵器が意思を持って人を襲う」などという考えは全く間違いなんだと分かって安心しました。

うろ覚えですが、最後の方に石黒先生が「人間の心を持っていれば、身体が何でできていても人間と呼べるのではないか。仮に今のような身体を持つ人類がいなくなっても、人間の心を持った機械が存在し続ければ、それは人類が滅びたことにはならない」というような意味のことを言われて、今後の人類の未来について色々と考えさせられました。

「人工知能が発展していく中で人間はどうしたら生き残れるか?」のような問いが最近よく議論されます。人類が攻撃されるって意味じゃなく、人類の仕事が奪われ、存在意義がなくなるって意味で。今後しばらく「人間にしかできないこと」は無くならないですが、遠い未来、完全に人工知能の方が優れた存在になったとして、果たして人類が存続するにはどうしたらいいのか?僕も色々考えたことはありましたが、今日の石黒先生の講演を聞いて、「ロボットを人類の正当な子孫として、全人類が完全にロボットに置き換わる世界になっても全然良いんじゃないか」と思ってしまいました。

それはなぜか。魂とか輪廻とかの話は置いておくと、人類として先祖から受け継がれてきたものって、生物的なDNAより「技術」や「心」の方が大きいと思うんですよね。「遺伝で生まれつき○○だ」みたいな特徴は誰しもありますが、生きていくための大抵のことは、肉体ではなくて技術と心が解決してくれます。その技術や心は、世代から世代へ、会話・書物・絵・データなど様々な形で受け継がれるものです。

人間は必ず死にます。でも死ぬ時までに次の世代に色々なことを伝え、これからも自分の子孫が繁栄していくと心から思えていれば、人は幸せに死んでいけるでしょう。自分の血が伝わるのも嬉しいでしょうけど、たとえ血縁関係にない相手でも自分の技術・心が次の世代に伝わるのが一番嬉しいんじゃないかと思うのです。ということは、過去の人類が築いた技術と心を、感情を持ったロボットにしっかりと継承して、そのロボットがさらに次の世代につなげて行ってくれるのならば、それは正当な「人類の子孫」と呼べると思うわけです!

この地球に最初の生命が誕生してから、自然淘汰を繰り返しつつ長〜い時間をかけてDNAが変化し、人類が生まれました。人類のDNAが生物として進化する余地もあるでしょうが、そんなのとは比べものにならないスピードで人類の技術は進化してきました。その先には、生物的な繁殖能力を使わずとも、人類の技術で「人類そのもの」を進化させる時代が来て、決してそれは不幸なことではないと今日の講演を聞いて思っちゃいました。カルチャーショックだったなぁ〜。

なんか先進国の少子化問題や、子供ができない同性婚を認める世界的な流れ、そして最近よく話題の「性的欲求が無い若者」みたいなのも、上に書いたような未来を暗示しているように思えてならないのでありますw 「そんな未来は到底受け入れられない」と思う方も多いと思いますが、僕としては自分の「子孫」であるロボットたちが幸せに暮らす未来の地球(と宇宙の星々)を、ワクワクしながら妄想している平日の夜更けなのでありました。


野田秀樹の戯曲「パンドラの鐘」を今更ながら読んだ戦後70年

この前のブログで「戯曲をもっと読みます」と宣言しましたが、さっそく野田秀樹の戯曲集をKindle版で買って、大好きな「パンドラの鐘」読みました。じっくり読んでみると新たな発見があって面白いね。

タマキさんの最後のセリフ

「日本には王がいるわ 。」
「あたし達だけは知ってるじゃない 、ヒメ女とミズヲの物語 。もしアメリカが 、もうひとつの太陽を爆発させようとしたって 、王が守ってくれる 。滅びようとする日のあのヒメ女のように 、ヒメ女が 、この土地を救ったように 、王ならば 、必ずその地が滅びる前に 、きっと 、わが身を埋めるでしょう 。」

これを素直に解釈すると、長崎でパンドラの鐘が爆発したってことは、昭和天皇には古代の心が届かなかったってことになります。高校時代は俺もそう解釈してました。

でも、それから15年経った今改めて読んでみると、マッカーサーに「全ての戦争責任を負う」と伝えた昭和天皇には、ヒメ女の心が届いていたって解釈もできると思いました。というか俺はそう信じたい!

日本の天皇って決して「王」ではないじゃないですか。「君臨すれども統治せず」なので、自分の一声で何でも国が動くわけではない。「我が身を埋める」と天皇が本気で思っても、それだけじゃうまく行かないのが現実の世の中です。

野田さんは単に前者のつもりで書いたのかも知れんけど、そこの解釈は読み手の自由。だから俺の今の解釈は、「古代の心は未来に届いた。パンドラの鐘は爆発してしまったけど、それでも未来の国は滅びなかった。滅びる前の日に、未来の王は未来の国を守ってくれた」って思うことにしました!

さてさて余談ですが、何気にインパクトあったミズヲのセリフ。。。

「人はいつも未来を相手にしか戦争できない 。戦争をはじめた日 、誰もその事に気付かない 。そして人は未来に 、決して勝てない 。」

これ、開発前の見積もりが甘く、始まってみたら納期もコストも全然割りに合わないことにやっと気付いて、あとはデスマーチ赤字プロジェクトになるソフトウェア開発そのものじゃないかー!と思った次第です。。。「赤い風景」ってそういうことだったのかーー(´;ω;`)

やはり、ソフトウェア開発に演劇から得るものは大きいですね(笑)
ではでは~。
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