ざ~ちゃんブログ

業務ハッカーです。 富山県の田舎の方でリモートワークしてます。 プログラミングとPerfumeと動画制作が大好きです。

富山の田舎者プログラマーがソニックガーデンにジョインするまで

はじめに

去年の春に転職したのですが、その時点ではこんな風に書いてました。

どこの会社かはまだナイショです(笑) もう少し落ち着いたら発表しますね〜。

やっと落ち着いたので発表しますね。僕は今「株式会社ソニックガーデン」のプログラマーとして仕事してます!

話せば長くなるのですが、自分としてのふりかえりも兼ねて色々と身の上話を書いてみますので、興味があればお付き合いくださいませ。

今日までの経緯を時系列でまとめ

  • 2014年7月 倉貫さんの「納品をなくせばうまくいく」を読んで超感動する
  • 2015年 ソニックガーデンウォッチャーとして生活
    • リモートワーク中心になったことを知り、富山でも働けるのか!と超期待する
    • kintoneを採用したことを知り、軟弱なイメージにちょっとガッカリするw
    • 珍しくエンドユーザーと直契約のシステム開発を受注、リーダーを任される
      • ソニックガーデンでも使ってるRuby on Railsを採用
      • 全員がRails初心者だったので効率が全然上がらず痛い目を見る
      • 下請けばかりでは「チームとしての開発力」を磨けないと痛感
      • でも個人としては「やればできる!」とかなり手応えを感じる
  • 2016年5月 転職を決意、SGのトライアウトに登録
  • 2016年6月 会社に「次の仕事は決まってないけど辞めます!」と伝える
  • 2016年9月 有休消化開始、トライアウト合格のため無職で勉強に集中
  • 2016年10月 有休フル消化して退職
  • 2016年11月 Toyama.rbに初参加、地元の優秀なプログラマー達に出会えて感動
  • 2016年12月 妻と娘を連れて村の実家に戻り同居開始
  • 2017年2月 t_wadaさんのTDDBC Toyamaに参加、ものすごい刺激を受ける
  • 2017年3月 トライアウトLevel1終了、倉貫さんとオンライン面談&コードレビュー
    • コードから「勉強してる」のは伝わってくるが、まだまだ実務経験値が足りない
    • 短期集中で勉強しても限界があり、技術の成長には「期間をかける」ことが必要
    • kintoneでの業務システム開発をアルバイトでやってみない?
    • 実務経験を積みながらRailsエンジニアとしてステップアップするのが良さそう
    • って感じの話をされる
  • 2017年4月 kintone初体験
    • 副社長の藤原さんとオンライン面談、kintoneでの開発方法を実演で教わる
    • いくつかお題を出されてkintone & JavaScriptで作ってみる
    • フルタイムでのkintone開発アルバイトが正式決定(ここで社会復帰!)
    • トライアウトのLevel2はRailsプログラミング部分を省略して継続
  • 2017年5月 藤原さんから「業務ハック」という構想を聞く
    • まさに自分が長年やりたかった仕事と100%一致して興奮MAX
    • 藤「Railsの勉強として業務ハックプラットフォームのWebサイト作ってみる?」
    • 僕「正直、Railsよりもkinotneで業務ハッカーに集中したいです!」
    • 藤「いいよ!じゃあプロ業務ハッカー目指そうぜ!!」
    • お客さんの案件を本格担当開始
  • 2017年6月
    • 初めて東京に物理出社、倉貫さん・藤原さん・業務ハッカー仲間と対面
    • 呼び名が「ざ~ちゃん」に決まる(Perfume仲間からの呼び名と一緒!)
    • トライアウトLevel2終了
    • 以降順調に業務ハックの仕事は増えていく
  • 2017年7月 業務ハッカー集団「株式会社テイルスガーデン」が分社、創業メンバーに
  • 2017年8月 2人目の娘が生まれる
  • 2017年9月 kintone hack 2017 Osakaの予選を通過
  • 2017年12月 Cybozu Days 2017でkintone hack Osakaに出場、優勝してしまう
  • 2018年1月 妻と娘2人を連れて町のマンションに再度引っ越す
  • 2018年3月 ソニックガーデンのメンバーページにプロフィールが載る
  • 2018年6月 kintone hack 2018の予選を通過、11月に幕張メッセでの登壇決定
  • 2018年7月 テイルスガーデンがソニックガーデンに事業譲渡、SG社員に移籍

いやー、、こうしてみると2017年は本当に激動の年だった。大げさではなく人生変わった一年間でしたねー。

ここからは、特に思い出深いエピソードを詳しく書いて行きます。

ソニックガーデンを目指すまで

前職では本業でコードを書く機会にあまり恵まれず、後半はお客さん相手の営業とか保守サポートとか中心でした。とは言っても「技術営業」的な感じで、システムが止まった時の復旧とか原因究明とか、機能追加の相談に乗ったりとか、簡単な修正ならサクッと自分でコード直したりとか、かなり技術力も必要で、それなりに充実はしていたのですよ。

ただ、やはりシステムに機能追加を本格的にしようとすると「見積り」「開発」「納品」というステップが色々大変で、お客さんが求めるものを簡単には提供できず、担当してる僕がとてももどかしい思いをすることが多くありました。

そんな時期に倉貫さんの「納品をなくせばうまくいく」を読んで、「これって、俺が今やってる仕事をトコトン極めたスタイルじゃないか!」と、そりゃもう感動しまくったのでした。「この会社に入りたい!!!」と読みながら何度思ったことか。でも一番のネックだったのが「東京の会社」ってこと。出版当時はすでに伊藤さんがリモートワークされてたはずですが、そこまでは知らなかったので「東京の人はイイヨナー。富山ダカラナー。。」と落ち込んだものです。

その後はずっと、倉貫さんのブログを読み漁ったり、SGの話題をググりまくったり、「ソニックガーデンウォッチャー」としてしばらく過ごしてました。たぶんPerfumeの次にソニックガーデンが好きだったんじゃないだろうか。(当時の様子を倉貫さんに話したら「ストーカーか!」と言われましたw)

ウォッチを続けていると、だんだんと「リモートワーク」の話題が増えていくことに気づきました。「富山にいてもソニックガーデンのメンバーとして納品のない受託開発ができるんじゃないか?」「地元の村に暮らしながら全国のお客さんを相手に仕事できる!それって最高じゃないか!?」と、どんどん希望は膨らんでいきました。たぶん深層心理では「絶対にここにジョインする」と思い込んでましたね\(^o^)/

トライアウトに挑戦

ソニックガーデンではプロスポーツチームのように「トライアウト」という仕組みで中途採用を行ってます。これが僕の性格にとても合っていた!専用Webシステムが用意されてるのですが、いきなり面接や技術試験があるのではなく、必要な技術や参考書籍が列挙されていて、「弱い分野は自習しておいてね!」ってスタンスなのです。Level1のカリキュラムを一通りこなすまでは特にプレッシャーがかからないので、マイペースでじっくり取り組んでから面接に進めるという、ある意味の安心感がありました。

最初はトライアウトに合格するまでは前職を続けようと思ってたのですが、2016年に入ってから「そもそもこの仕事を続けてたら病んでしまう」レベルで色々と辛い出来事が重なりまして。。それならば「一度自由(無職)になって、貯金を切り崩しながら生活して、トライアウトの勉強に集中する!」と覚悟を決めたのであります。今から思うと、ものすごい大胆なことをしたなーと思います。生活していくために実家に戻って、妻にも実家の家族にも、かなり苦労をかけました。。。本当に感謝感謝でございます。

あとこういう「背水の陣」はハッキリ言ってオススメしません!むしろ「一番ソニックガーデンに嫌われるパターン」だったりしますw

アジャイル開発者からみた「納品のない受託開発」の疑問を解消!?〜アジャイルラジオで倉貫が語った本音【前編】

よく「ソニックガーデンさんに入る覚悟を決めるために、前の会社辞めます」なんていう人がいるんだけど、そんなことを言う人はうちには入れないですよ。

いやー、これめっちゃ僕のことじゃないすか\(^o^)/ というか前職を辞める時点で、この記事も確か読んでたんですよ。そんでもこの道を選んだのは、

  • 「納品のない受託開発」のスタイルが自分に向いているという確信があった
  • 技術力は全然足りてないので、かなり勉強しないと合格できない
  • 自分・妻・娘の年齢的にも、ここまで思い切った冒険は今後二度とできない
  • SGに入れなくても、今じっくり勉強しておけば他社への転職にも必ず生きる
  • 今の気持ちのまま仕事を続けること自体がハイリスク

といった理由でした。最後は「なるようになるさ!」って感じだったかな!

最初の面接では倉貫さんに色々厳しいことも言われたんですけど、僕もハッキリと「情に訴えて『雇ってください!』と泣きつくつもりもありません。求められるレベルになるまで努力します」みたいに伝えましたし、入社後には藤原さんから「ざ~ちゃんはダメだった時の逃げ道もしっかり考えてたから、そこまで無謀じゃなかったと思うよ」と言ってもらえました。

新規事業「業務ハック」

一つだけ、とても大きな嬉しい誤算がありました。ちょうど僕がジョインするタイミングで「業務ハック」チームが本格的に立ち上がったこと!実はSGでやっていく中で一番不安だったのが、Railsのスキルよりも「バーチャルCTOとして新規事業コンサルする」という部分だったのです。

僕は新サービスの立ち上げよりも、業務システム開発の方が一貫して興味ありました。SIerの業界って残念ながらブラックなイメージが多いですが、そもそも「業務システム開発」「業務改善」という分野自体はやり甲斐がある大切な仕事だし、もし可能なら「納品のない受託開発で業務システム作れたら最高だろうなー」と思ってたんです。まさかそんな理想の環境が実現してしまうとは!

業務ハックについては、倉貫さんや「業務ハッカー ぎっさん」のブログを読んでいただくとよく分かると思います。

私たちは、そうした業務改善とシステム化を一緒にやってしまえる人のことを「業務ハッカー」と呼んでいる。そして、業務ハッカーたちの仕事こそ「業務ハック」という訳だ。「業務ハック」が、今までの業務改善と違う点、大事にしているポイントは以下の3点になる。

  • 小さく始めて繰り返す(大げさにしない)
  • クラウドを使いこなす(むやみに作らない)
  • 現地現物ありきの改善(人に無理させない)

「名前をキャッチーにした」こともすごく意味があるなーと思ってます。「SIer」とか「社内SE」よりも「業務ハッカー」って響き、カッコいいじゃないですか!(ハッカーを「悪い奴」と思ってる人もまだ多いみたいなので、そこの誤解解くのは頑張りたいけど)

この呼び名はソニックガーデンで独占するつもりはなくて、むしろ全国のいろんな人たちに名乗ってもらいたいです。一般企業で日々改善を頑張ってる人たちが「自分は業務ハッカーだったんだ!」と気づいて、誇りを持って自社の業務改善を続けてくれたら嬉しい。そして僕らの同業者は「プロ業務ハッカー」として、いろんなお客さんの業務改善とシステム化をサクサクとこなしていく!

今まで光が当たらなかった仕事でも「素敵な名前で呼ばれる」だけで本人の気持ちが全然変わることって多いと思うのです。業務ハッカーってまさにそうだと思ってて、こういう「地味だけど大切な仕事をコツコツやってきた人たち」に光を当てたいなーという思いも強いんですよね。

僕自身、前職でも「社内業務ハッカー」だったと思ってます。雑用を一手に引き受けてたので、情報共有のWikiを立てたり、FAXをメールで自動的に通知するようにしたり、細かい改善を毎日色々と続けてました。藤原さんもSG社内の業務ハックを一手に引き受けてきたようで、面談した当初は会話の節々にシンパシーを感じてすごい嬉しかったですね。

そして7月には、子会社「テイルスガーデン」として分社してしまうのです。社長・副社長はSGと同じく倉貫さん・藤原さん。少数精鋭の業務ハッカー専門集団がスタートしました!

kintoneに魅せられて

業務ハッカーが使うツールは、Railsではなくてkintone。ただkintoneについては、ノンコーディングで簡単なシステム作るだけの「軟弱なイメージ」がありました。「プログラマーを一生の仕事にする」というSGの理念とはどうも結びつかなかったんですね。なので倉貫さんから最初に「kintoneやってみる?」と言われた時は、正直どうしようかなーと迷いもありました。

しかし!実際に藤原さんからレクチャーを受けて自分で色々と触ってみるうちに「これは最高だ!!!」と印象が全然変わりました。

  • 簡単なシステムなら超高速で作れる
  • レイアウトの制約が強く、頑張らなくても必要十分なデザインにまとまる
  • サーバーの運用が不要
  • プログラミングで自由にカスタマイズできる
    • コードを書いてカスタマイズする機会が実はかなり多い
    • JavaScript・RESTなどWebで一般的な言語・技術を使う
    • kintoneに集中しても技術力の潰しがきく(某ACやFMとの決定的な差)

実はJavaScriptの経験は前職でもほとんどなく、トライアウトでもずっとRubyを勉強してきたのですが、JSやってみると意外にも「Rubyと近いな!」と思うことが多かったです。コールバック関数とか、map, reduceみたいな関数型プログラミングとか、Rubyで頑張って習得したものが生きたのは嬉しかったですね。

そんなkintoneを使いながらの「納品のない受託開発 x 業務ハック」は最高です!ホントこれは天職だなと思います。いろんなお客さんの案件を担当してきましたが、お客さんと直接打ち合わせをして、自分で作って、運用中のサポートも一手に引き受ける「顧問プログラマー」というスタイル。よくある「発注vs受注」の殺伐とした関係とは全然違って、同じ方向を向いた「パートナー」として良い関係が築けるのが最高です。

僕の担当案件はJSでカスタマイズをする機会が特に多く、そのうちkintoneへの不満も沢山感じてきました。全体的に「やろうと思えば何でもできるけど、スピーディーにやるための環境は整ってないなー」って印象でしたね。でも、そこは最新のWeb技術を駆使できるkintoneです。Webpack/Babelでのビルド環境を整えたり、設計情報を一括取得するCLIツールGinueを作ってOSSとして公開したり、自分とチームメンバーが開発しやすい環境を少しずつ整えていきました。メンバー全員kintoneで開発してるので、自分が快適なkintone開発環境を作ることは、そのまんまチーム全体への貢献になるんですね。もともと環境構築が大好きなこともあって、この辺りかなり好き放題やらせてもらいました(^^)

kintone hackに出場

そんな中、倉貫さんから「kintone hackに出てみたら?本戦に出て優勝してね!」と無茶振りをされましてw 8月の東京予選は2人目の娘が生まれる月だったので敬遠し、9月の大阪予選に出場。登壇前にプロダクトマネージャーの伊佐さんから「倉貫さんの秘蔵っ子」と呼ばれ超プレッシャーでしたが、無事予選通過、 12月の大阪本戦でチャンピオンになってしまいました!

kintone hack 2017 Osakaでは、上に書いたような内容の「開発環境をhack」というテーマで、業務ハック、業務ハッカーのこと、今まで温めてきたことを全てぶつけられて、気持ちよかったですね〜!元演劇部の経験が今までで一番活きた瞬間でした。ASCIIさんの記事、logmi書き起こし、スライド資料のリンク貼っときますね。

ここまでが去年の話。そしてつい先日6/8にkintone hack 2018の予選に出場、Ruby on Railsライクなkintone専用フレームワークGoqoo on kintoneを発表し、11月幕張メッセへの切符を手にしました!今年は東京大会で本当のチャンピオンになるべく頑張りまっす!

テイルスガーデンからソニックガーデンへ

2018年7月をもって、テイルスガーデン社はソニックガーデン社に統合(事業譲渡)しました。一年間「テイルスガーデン社」としてやってきて、事業としては順調に回ってたんですが「ソニックガーデン社として一本化した方が都合いいね」という結論に至りまして。

ということで、僕含めたテイルスガーデン社員(業務ハッカーたち)は、全員ソニックガーデンに移籍しました。アジャイル開発の文化が浸透してるソニックガーデンですが、こんな風に分社・統合までもアジャイル的にやってしまうわけです!

11月に幕張メッセで開催されるkintone hack 2018には、ソニックガーデン社員として出場いたします(`・ω・´)

おわりに

このブログは今まで匿名でやってきましたが、これを機にブログでも素性を晒していく覚悟を決めました!富山県の田舎の方に住んでる、赤座久樹(あかざひさき)です。「ざ~ちゃん」と呼んでください☆

いやー、、一区切りだと思って色々思い出してたら、とんでもなく長くなってしまった。。お付き合いいただきありがとうございましたm(. .)m

「伝統の価値」とは何だろうか?

今日は地元の春祭りでした。獅子舞の笛を吹きました。心配だった天気も思ったほど悪くなく、良い祭りで楽しかった〜。

引っ越し後の生活がまだまだ落ち着かず、公民館の練習にはほとんど参加できず迷惑かけました。。。踊り子の練習はWeb会議での「リモート練習」に挑戦してみたり、出来る限り工夫して頑張ったけど、やっぱ準備に関わる時間は短すぎたなーと反省。来年はもっとしっかり練習参加します!

祭りの最中に何となく考えてたのが、「伝統」というものの価値について。僕の今までの持論として、祭りに限らず「ただ昔から続いてるから」ってだけの理由なら、伝統を続ける意味は無いと思っていたんです。何かしら「やる意味」があっての伝統だろうと。

獅子舞のことを考えてみると、発祥の地だったり、獅子舞が表現するものの意味だったり、その昔に始まった当初は「何のためにやるか」ってのはハッキリしていた気がするんですよ。でも2018年現在、そういう「本来の獅子舞の意味」みたいものは、やってる本人達もあまり意識しなくなっている気がするのです。

少し前までは「それは良くないなー」と思って、もっと原点に立ち返って「この獅子はこういう意味があるから、こういうスタンスで舞わす」みたいのを考え直す必要があるんじゃないか?と実は思ってました。

でも最近の色んな心境の変化と今日の祭りを経て思ったのは、「最初にどんな理由で始まったかよりも、今どんな想いでやってるかの方が大事」なんじゃないかということ。そして今やってる僕の想いとしては「ただ楽しい」ってことと、「代々受け継がれて来た伝統を残したい」ってことの2点が強いかな。

「代々受け継がれて来た伝統」って言っても、ぶっちゃけ全国的に見れば大したもんではないんですよ。数ある田舎の祭りの一つなのです。でも、やってる本人としては「これが俺たちの祭りだ!」って誇りを持ってるし、その伝統の獅子舞が大好きなのです。

仮に「どこがどう好きなんですか?」と聞かれても、おそらく論理的には説明できない。子供の頃から刷り込まれてるから、むしろ「なんで好きな理由を考えなくてはいけないの?」って質問を質問で返したくなりますよね。ジョジョの吉良吉影に叱られますね。

ということで長くなっちゃったけど、「伝統」の価値って合理的に説明できるとは限らなくて、「それが伝統であることそのものが価値」って考えた方がいいのかも知れない。

「代々受け継がれてて、自分も昔から携わってきて、とにかく何となく好き。今後も続いてほしい」って、それだけで十分な価値じゃないだろうか。こんな時代だからこそ、そういう非合理的な感情論をもっと尊重して良いのではないか。

やりたくない人間に押し付けることだけはダメだと思うけど、でも「地域の伝統を残したい」って想いの人間が一定数残っている限りは、それ以上「伝統の意味」「伝統を残す価値」なんて考えずに、ただ「伝統を残すためにどうしていくか?」だけをひたむきに考えていけば、それでいいのだと思う。

そんなことを思いながら笛吹いて酒飲んでた1日でした。来年はもっと本気出すぞ!!!

地域活性化について俺的な現時点での見解

自分の住む地域が活性化すれば良いと思うのは当たり前だけど、現時点で何かしらの「地域活性化活動」を始めようとは思ってません。あくまで俺個人としてですが、まだ早いと思っています。

まずは自分1人が個人として、しっかりと地元に住みながら安定して生活していける基盤を作ることが先だと思っています。「在村プログラマー」としてスタートラインには立てたけど、まだまだ道半ばだと思ってるので。

「地域活性化」は「その地域みんなが幸せになりましょう」ってことだと思いますが、自分とその家族がまず十分幸せになるのが先で、そんな「幸せな自分」をモデルケースに、地域全体に幸せを広げて行くのが王道じゃないかと思うのです。

地域のために「滅私奉公」するのは絶対に長続きしない。あと自分が幸せになるための手段として地域活性化を始めようとしても、個人と地域の利害が対立する部分は必ずあるので、同時に幸せになろうとするのはハードルが高すぎると思うのです。そんな甘いもんじゃないと思うのです。

少なくとも「自分と家族を幸せにできる」だけの力がない者には、地域全体を活性化させる力などあるわけない!と思いますね。偉そうに社会問題を語る前に、まずは自分1人くらい幸せにしてみせろ!と自戒を込めて。

「秀才の運動オンチ・学級委員・オタク」な自分で良かったんだ!

小さい頃、運動が苦手で勉強は得意だった。

しょっちゅうクラスの代表的な役に選ばれて、大体の場で「リーダー的存在」になる事が多かった。

誰とでもうまくやれる性分だったけど、親友って感じの友達は少なく、放課後や休日は、どちらかといえばワイワイみんなで遊ぶよりも、家の中で一人好きなことに没頭する方だった。

言葉にすると「秀才の運動オンチ・学級委員・オタク」というステレオタイプな言葉が当てはまり、何となくそれを自分で認めたくなくて、好きなことも極め切れずに少しブレーキをかけていたような気もする。友達のミーハーな話題に付いて行きたくて必死で流行りのテレビ見たりとか。

特に「勉強ができる」ってのは、最初自分では「俺がちゃんと勉強してるからだ」と思ってたけど、今から振り返ると、不思議なくらい足の速い奴がいたように、自分は人よりも「勉強ができる才能があった」のかな、と素直に認められるようになった。

「勉強できる才能」って、下手に自分で口にするとすげー嫌味に聞こえるのもあって、自分では特に認めづらかったのかも。勇気を出して今日は言ってしまう(笑)

人にはそれぞれ、得意不得意・向き不向きがある。もちろん才能がない分野でも、努力すればある程度までは上がる。でもある程度以上は無理。才能がない分野では一流にはなれない。残酷だけどそれが現実。

去年の秋に前職を辞めて、しばらく無職でひたすら毎日勉強して、でも勉強ばかりの毎日も意外と楽しくて、今こうして最高の環境で働けるようになって、やっと「自分はこれで良かったんだ」と自信がついてきた。

今は、「とにかく得意分野を伸ばし続けよう」と開き直っています。周りから何と言われようと、自分が好きで得意な事はとことん極めて、苦手な事は可能なかぎりスルーできるようにしていきたい。何でも際限なく頑張るよりも、絶対にそっちの方が幸せだと思うから。

「プログラマーがスーツを着る会社」について考えたこと

最近「肩こり・腰痛」がほとんど無くなりました。在宅ワークなので、机・椅子・キーボードなどは拘って快適なもの揃えましたが、「仕事でスーツを着なくなった」のもかなり大きいんじゃないかと思います。

スーツで仕事してた時はそれが当たり前だったし「スーツを着ると仕事モードのスイッチが入る」とも思ってたけど、先日久しぶりに結婚式でスーツ着たら「こんなん毎日着てられっかー(#゚Д゚)」と思ってしまいました。服で仕事モードを切り替えたいなら、動きやすい自分なりの「仕事着」を決めちゃえばいいんだよね。

とはいえ、プログラマーでも客先に打ち合わせに行くことも多いわけで、「スーツを着ないなんて失礼だ!」と考える取引先が多いなら今はスーツ着るしかないんだろうなぁとも思います。スーツ出社のIT企業を責める記事をよく目にしますが、IT企業だけに変われと言っても無理で、顧客やそのまた顧客を含めた全体的な「文化」が変わらないと難しいのですよね。

服装に限らず、環境が心地よくないと思った時に「今の場所を心地よい環境に変えるべく頑張る」のか「一度飛び出して、他に心地よい場所を求める」のか二通りあると思います。僕は後者を選びました。一般的に後者を選ぶ人がかなり多いんじゃないかな。

心地よくないと思った人が次々と飛び出して、各人なりの心地よい場所を見つけて、だんだんその輪が大きくなって世の中の主流になっていく、と言う流れが歴史上くり返されて来たんじゃないかなーとも思いますね。例によって最初の話題からだいぶ飛躍してしもた。

演劇の経験から得た一番のもの 〜社会復帰しました〜

半年間の無職期間を経て、ようやく先月下旬に社会復帰しました!今は在宅プログラマーとして、富山・東京間でリモートワークしております。いや〜、毎日コードが書けること、良いコードを書けるプログラマーがリスペクトされる環境であること、最高に楽しいっす!!!どこの会社かはまだナイショです(笑) もう少し落ち着いたら発表しますね〜。

はや一ヶ月近く経ちまして、自分で作ったプロトタイプを早速お客さんにデモする機会もありました。(お客さんともリモート会議です)けっこう「ハキハキしてますね」とか「最初なのにスムーズですね」とか言われることが多くて、そんな時には「元演劇部なので!」と返すのが定番なんですが、高校・大学と7年間やってた演劇の経験から得たものは大きかったなーと改めて思う毎日です。

ブログ見返したら、演劇に関するエントリは前に3本も書いてたんですね。

この機会にまた演劇について語ってみたくなったので、ちょっとブログで語ってみようかと思います。(あくまでもプロでない「元アマチュア役者」の拙い話です)

役者というと「人前で堂々と話せる」みたいなイメージはすぐ湧くと思うんですが、僕が演劇の経験から得た一番のものはそこだとは思ってません。もっと広い意味での「会話力」ではないかと思ってます。

芝居の本質って「セリフを言うこと」なんかじゃなくて「会話」だと思うんですよ。映画・TV・ラジオ・舞台と色々ありますが、普通の芝居は人と人が「会話する」ことで進んでいきます。役者同士が会話をして、その会話を聴いて客が楽しむ。これが小説との大きな違いじゃないかと思ってます。

そして芝居として「リアルな会話」をするのはけっこう難しい。特に舞台演劇って同じシーンを何度も稽古するし、本番の公演も何日も続いたりするので、気づいたら相手のセリフも全部覚えちゃって「お互い次に何をするか全て分かってる」状況になるんですよ。稽古をすればするほど新鮮味が薄れてリアルな会話が難しくなっていく。だからこそ「いかに相手の話をよく聴いて会話をするか」という訓練が芝居では大切だと思うわけです。高校の時も大学の時も、先生には「ちゃんと会話をしなさい!」と口すっぱく言われたものです。

舞台上で「リアルな会話」が交わされている時は、4DX映画なんかより生の舞台の方が何倍も臨場感あって面白いですよね!だって目の前に実際に人がいて会話してるんだもん。そして僕が一番好きな演目はアドリブ芝居「青木さん家の奥さん」なんですけど、全編アドリブなんて正に「会話」そのものです。

セリフを言うのが下手よりは上手い方がいいけど、自分がセリフを上手く言えるだけでは決して良い舞台はできません。役者同士の「会話」によって「舞台上の空気を読みながら客席の空気を作る」ということ。これは人の話を聴く理解力とか、仕事上のスムーズな役割分担とか、上司への根回しとか(笑)、社会生活上でも様々な部分で活きてくる能力だと思います。

一流の指導者にも恵まれて、その「会話力」を学生時代に思う存分訓練できたことが、プログラマーとしての仕事でも色々な場面で役に立っていると思うわけであります。

だからと言って「全員演劇やれよ!」って言ってるわけじゃないですけどね。野球部でも吹奏楽部でも将棋部でも化学部でも、何かしらそれぞれの領域で普遍的なものはありそうです。僕はたまたま演劇をする縁があって、そこから得られるだけのものをMAX得られて幸運だったなぁと、そんな話。ちなみに嫁さんも高校の演劇部の後輩だったりしますw

ではまた〜。

ブログを独自ドメインに移行しました!

念願だった独自ドメインにやっと移行できました。

色々とお騒がせなFC2でブログ書くのはやめたいとずっと思ってたんですが、次に移行するタイミングで絶対に独自ドメインにしたいと思ってたんですよ。ドメインだけは数年前に取得して放置してたんですけどねw どうしても「the-red」が良くて、「.jp」は高いけど空いてたので、他に奪われる前に急いで契約だけしちゃってたのです。実際に「the-red.jp」ドメインをゲットしてみると「日本人だなぁ」と実感できて嬉しかったです(笑)

んでブログサービスは何にしようかと考えたところ、最初はスタードメインで無料で使えるWordPressにしようと思ったんだけど、でも色々と自分で設定すること多いし面倒臭いな〜と思ってて、次は「はてなブログ」で独自ドメイン使おうと思ったけど料金かかるよなーと躊躇してて、ズルズル今までFC2のまま来てしまいました。

今日は少し時間ができたので改めて最新情報を探してみたところ、なんと「livedoorブログ」は無料で独自ドメインできるじゃないですか!しかもしかも、FC2ブログから記事をインポートできる機能まで付いていて、超ラクに移行できてしまいました。ホリエモンありがとう!(違

はてなブログと比較して、料金以外にlivedoorブログの方が良いなーと思ったのは、各記事のURLなんですよ。はてなは「記事タイトルがそのままURL」とか「日時のスラッシュ区切りURL」が主流みたいなんだけど、俺的には記事番号(id)だけを持たせるのがCool URIだと思うんですよねー。日付をURLに入れる意味が分からんし、記事タイトルは公開後に変更することがよくあるし。SEO的には記事タイトルをURLに〜とかよく聞くけど、ブログのURLをコピペするときに日本語が混ざるとリンクがうまく認識されんかったり色々面倒なことも多いからね。livedoorはデフォルトで「記事ID」がURLになっているので、そのセンスに共感した次第であります。FC2からコピーしてきた記事は41件あったんだけど、ページリダイレクトの都合で古いエントリのIDは元のままにしたかったので、手打ちで1〜41に直しました。これだけは面倒臭かった。。。

現在までのワタクシのブログ遍歴はコチラ。
・2011年8月: Amebaブログを開設
・2012年1月: FC2ブログに移行
・2017年2月: livedoorブログ&独自ドメインに移行

この先livedoorから移行することがあっても、URLは変わらないと思います!
ブログが有名になる前に独自ドメインにできてよかったw

じっくり丁寧にいい仕事する「プログラマー」でありたい

ふと思い返していたんですが、子供の頃から「取扱説明書」的なものを熟読するの好きだったんですよね。

ビデオデッキとかの家電系はもちろん、ファミコンのカセット新しいの買ったときとかも、まず説明書を隅々まで読み込んでからゲーム始める少年でした(笑)

その性格は今でも根底にあって、何か新しいことを始めようとすると、けっこうな時間かけて「その分野の基礎知識、常識、歴史」などを深く調べがちで、実際に行動するスピードが遅かったりするんですよ。

仕事では損することも多かったんだけど、逆に世の中には「マニュアルなんか全く読む気がしない」ってタイプの人もいるわけで、そういう人はスピード速いけどテキトーだったりするので、自分としてはやっぱり「じっくり丁寧にいい仕事する」ってのを強みにして行きたいなーと今は思ってます。

実は10月に会社を辞めました。2007年から9年在籍して、最初6年は大手に常駐、最後3年が本社勤務でした。

常駐時代は仕事の幅も自分の裁量も狭くて、仕事としては正直「退屈だなー」と思ってました。だから本社に戻った当初は楽しくて仕方なかったんだけど、忙しすぎて自分本来の「じっくり丁寧に」というスタイルでやってる暇が全然なく、次から次へと来る仕事の中でダッシュし続けてた感じがします。かなり濃密な3年間で相当スキルアップできたけど、元来のんびり屋さんの俺がダッシュし続けるのは流石に限界が近づいていたので、心身に支障を来す前に辞めちゃいました!

今振り返ってみると、大手に常駐してた頃の仕事内容の方が、むしろ自分の性格には合っていたような気もします。とことん丁寧に進めるタイプの業務だったし、日々の単調な仕事の中で「いかに自動化してラクできるか」とかいつも考えてたので、意外と「プログラマーっぽい思考」をする機会も多かったですし。

僕は「プログラマー」でありたいと強く思っています。「プログラマー」という言葉の使い方は会社によって千差万別で、「単純作業するだけの工員」を指すことも多いのが残念ですが、良いIT企業なら必ず「プログラマー」をリスペクトしているものです。

もともとプログラミングが大好きでIT業界を目指したのに、気がつけば社会人になってからの9年間、本業ではほとんどコードを書いていませんでした。でも「職業は?」と聞かれたら「プログラマーです」と毎回答えるようにしていました。それは「プログラマーでありたい」という希望も込めて。

というわけで今ワタクシ、無職です!有休消化も含めると9月1日から仕事してません!次に入る会社では「プログラマー」としてとことんバリバリやって行きたいと思っているので、そのレベルの技術をつけるべく1人で勉強してます。

そしてもうしばらく勉強に集中させてもらうため、家族で実家に戻り親世帯と同居することにも決まりました。この先高く跳ぶために、一旦スネかじらせて頂きます!家族に恵まれてることが本当に何よりの幸せです(´;ω;`)

そんな中で最近は色々人生を振り返ることが多く、「取扱説明書」好きで「じっくり丁寧にやりたい」自分の性格を再確認してたのでした。もちろん全てにおいてじっくり進めてたらダメなことは分かってますけどね。でも「じっくりやりたい性分だ」という事実は、欠点というよりは強みとして、今後の色々な場面で大切にしていきたいと思ってます。

えらい長々と書いてしまいました。年末ですねぇ。読んでくださった皆さん、ありがとうございましたm(_ _)m

「炎上」と「LINEいじめ」から考える将来のネット社会の楽観的予想

ネットでの炎上がたびたび話題になりますが、社会生活を普通に送ってるいい大人が、何でネット上では相手の気持ちも考えずに散々暴言吐けるんだろうと不思議な思いをしてました。

一方で、最近は小中学生もスマホを使ってLINEでコミュニケーションするのが当たり前になって、LINEでのいじめは大人が気付きにくくて深刻化しやすいとかも言われてます。

子供ってある意味で超残酷な生き物で、いたずら、ケンカ、いじめなどなど酷いことを平気でやらかしますよね。でも傷ついたり叱られたり反省したりを繰り返して、少しずつ分別がつく大人になっていくもんだと思うんですよね。

んで思ったのが、現代の大人が子供だった頃はネットなんてなかったか、あっても現実世界とは全く別の閉じた世界だったわけです。だからリアルとネットがここまで密接に繋がってる世の中での経験が浅いために、ネットの向こう側にリアルな人間がいることを実感し切れない大人が多いのかなーと。

その点今の若い子たちは、思春期には既にネットとリアルの境目がない生活をしてるわけですよね。LINEいじめは辛いけど、子供時代に散々ネット上で揉まれた世代が大人になれば、みんながリアルと同じようにネット上でもお互いを思いやれるような、一歩成熟したネット社会が来るような気もします。

「じいちゃん、ネット上では匿名だから大丈夫とか古いよー。気ぃつけられ〜」みたいに将来自分の孫に叱られたりして。。。てゆーか、僕の孫世代にもなると「インターネット」とは全く別の概念で通信してるかもですね。テレパシーとか暗黒物質でチャンネリング的な。。。

どーしても最後は飛躍した未来予想になってしまいます(`・∀・´)

ロボットは人類を滅ぼさない。人類の子孫がロボットだ!〜石黒浩さんの講演で考えた人類の未来〜

今日は「富山ITフェア2015」に出展企業として参加してきました。小さな展示会なんですが、なんと基調講演には、あの「マツコロイド」を開発した石黒浩教授を招いたのです!聴講前からかなり楽しみだったのですが、予想以上に面白かった!まだ気持ちが熱いうちに、感想文としてブログにまとめたいと思います(笑)

印象深かった話を箇条書きでまとめると、こんな感じ。

・「ロボットっぽいロボット」を作るエンジニアには、人間が嫌いor苦手な人が多い。
・自分は逆で人間に対する興味が深く、人間を深く知るために人そっくりなアンドロイドを研究している。
・子供の頃「ほかの人の気持ちを考えなさい」と大人に言われた時、「人」「気持ち」「考える」とはそもそも何なのかと疑問だった。大人は「人」「気持ち」「考える」とは何かを完璧に分かって子供に指導してるんだと超尊敬したが、高校くらいで「大人は何も分かってないくせに分かったふりをしている」と気付いた。
・マツコロイドを気持ち悪いという人が多いが、炊飯ジャーみたいな家電が「あと5分です」とか喋ってくる家の中だって気持ち悪いし、電車に乗っている全員が小さな板に指をこすり付けている(スマホ操作)状況なんか宗教儀式にしか見えない。それに比べたら人そっくりなアンドロイドと会話する方がよっぽど人間として自然な生活。
・人間とコミュニケーションできて人間そっくりな仕草をするアンドロイドを作るためには、ロボット工学・脳科学・心理学・認知工学・哲学などあらゆるジャンルの知識が必要で、アンドロイドの研究結果から各分野に知識をフィードバックもできる。その繰り返しで研究のサイクルが回る。
・マツコロイドは今では色んなTV番組に引っ張りだこ。出演料は、本物のマツコ・デラックスのギャラと同額!

他にも、平田オリザ氏のアンドロイド演劇「さようなら」の話や、抱き枕型通信メディア「ハグビー」によるコミュニケーションの話など、演劇部出身プログラマーの俺的には相当楽しい話が満載でした。なんかアンドロイド作りたくなってしまう(笑)

一番印象に残ったのは、最後の質疑応答の時間。「人工知能が人間の知能を超えて、ロボットが人を滅ぼすのではないかと危惧する科学者も出てきましたが、その点はどうお考えですか?」って質問に対する石黒先生の回答でした。

・ホーキングが言ってた奴ですよね?(大御所物理学者を割とバカにした感じw)
・まず人工知能が人間の知能を完全に超える時代は、早くて300年後、遅くて1000年後くらいになるので、我々が生きている間には絶対そこまで行かないから安心してください。
・いずれはそんな時代が来ます。でも勘違いしちゃいけないのは、「体のパーツは機械だけど、心は人間と同じ」というロボットは恐ろしいものではない。義足を付けた人のことを「人間らしくない」とは思わないように、将来は心を持ったロボットが普通に「人間」として生活するようになるでしょう。人工知能が人類を攻撃して滅ぼすというのは、ハリウッド映画の見過ぎです(笑)

確かに考えてみると、人類が「人類を滅ぼせ!」とロボットにプログラムするわけがないですよね。ロボットが今後意思を持つとすれば、石黒先生がやっているような「人間と楽しく生活するロボット」として進化していくのが自然でしょう。ターミネーターの世界では人工知能が人類に戦争を仕掛けますが、戦争を仕掛けるには「人類に恨みがある」「人類が滅亡した方がメリットがある」など理由が必要です。人類とロボットが仲良く共存するために進化して人類の知能を超えたとすれば、人工知能は人類を攻撃するどころか、人類より優しい心を持つんじゃないかとすら思えてきました。少なくとも今日の講演を聞いて、「人工知能が意思を持つ」=「軍事兵器が意思を持って人を襲う」などという考えは全く間違いなんだと分かって安心しました。

うろ覚えですが、最後の方に石黒先生が「人間の心を持っていれば、身体が何でできていても人間と呼べるのではないか。仮に今のような身体を持つ人類がいなくなっても、人間の心を持った機械が存在し続ければ、それは人類が滅びたことにはならない」というような意味のことを言われて、今後の人類の未来について色々と考えさせられました。

「人工知能が発展していく中で人間はどうしたら生き残れるか?」のような問いが最近よく議論されます。人類が攻撃されるって意味じゃなく、人類の仕事が奪われ、存在意義がなくなるって意味で。今後しばらく「人間にしかできないこと」は無くならないですが、遠い未来、完全に人工知能の方が優れた存在になったとして、果たして人類が存続するにはどうしたらいいのか?僕も色々考えたことはありましたが、今日の石黒先生の講演を聞いて、「ロボットを人類の正当な子孫として、全人類が完全にロボットに置き換わる世界になっても全然良いんじゃないか」と思ってしまいました。

それはなぜか。魂とか輪廻とかの話は置いておくと、人類として先祖から受け継がれてきたものって、生物的なDNAより「技術」や「心」の方が大きいと思うんですよね。「遺伝で生まれつき○○だ」みたいな特徴は誰しもありますが、生きていくための大抵のことは、肉体ではなくて技術と心が解決してくれます。その技術や心は、世代から世代へ、会話・書物・絵・データなど様々な形で受け継がれるものです。

人間は必ず死にます。でも死ぬ時までに次の世代に色々なことを伝え、これからも自分の子孫が繁栄していくと心から思えていれば、人は幸せに死んでいけるでしょう。自分の血が伝わるのも嬉しいでしょうけど、たとえ血縁関係にない相手でも自分の技術・心が次の世代に伝わるのが一番嬉しいんじゃないかと思うのです。ということは、過去の人類が築いた技術と心を、感情を持ったロボットにしっかりと継承して、そのロボットがさらに次の世代につなげて行ってくれるのならば、それは正当な「人類の子孫」と呼べると思うわけです!

この地球に最初の生命が誕生してから、自然淘汰を繰り返しつつ長〜い時間をかけてDNAが変化し、人類が生まれました。人類のDNAが生物として進化する余地もあるでしょうが、そんなのとは比べものにならないスピードで人類の技術は進化してきました。その先には、生物的な繁殖能力を使わずとも、人類の技術で「人類そのもの」を進化させる時代が来て、決してそれは不幸なことではないと今日の講演を聞いて思っちゃいました。カルチャーショックだったなぁ〜。

なんか先進国の少子化問題や、子供ができない同性婚を認める世界的な流れ、そして最近よく話題の「性的欲求が無い若者」みたいなのも、上に書いたような未来を暗示しているように思えてならないのでありますw 「そんな未来は到底受け入れられない」と思う方も多いと思いますが、僕としては自分の「子孫」であるロボットたちが幸せに暮らす未来の地球(と宇宙の星々)を、ワクワクしながら妄想している平日の夜更けなのでありました。